恵心尼の如是我聞

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□ 恵心への道~第三章 □

其の二

 しかしそれから、数日後の夜、夢を見た。

 私の寝ている左側の頭の所に、4人の霊が立たれた。

 2人は大人の女性で、1人は女の子ともう1人は男女どちらか分からないが、ともかく2人の子供の霊である。

 4人共、白の死に装束を身に着け、大人の女性は黒髪が腰の辺りまであり、髷を解いた長さであり、女の子は日本人形のような髪型であり、全員青い光の中に立ち、こちらをじっと見つめていた。

 ハッとして目覚めると消えてしまわれた。

 師に申し上げると、


   「間違いない。その島左近の時のゆかりの女性である。」


と言われたので、そこから私は島左近の事を調べ出した。

 先ず、石田三成に仕え、軍師として戦国時代に三成と共に生き、関ヶ原で亡くなったらしいことが分かった。

 三成は、豊臣秀吉が、実子・秀頼が生まれた為に、それでも後継者としていた秀次が邪魔となり、一計を企てて高野山へ幽閉し、7月15日に切腹させている。

 しかも謀反を起こした罪人として処分されたらしい。

 このことに当時の三成や家老の島左近が加担していたとしたら、長男としての秀次が跡を取れず、次男の秀頼が跡を継ぐ因縁として、私の家の因縁は、ここに発しているということが分かった。

 それからは過去の過ちを謝罪する為に、先ず秀次公の銅塚のある高野山へと行き、切腹された青巖寺(金剛峯寺)の柳の間にて手を合わせて頂いた。

 そして、墓前にて手を合わせたいと思いそちらの方へ行き、たまたま何かの合宿があり、全国から僧侶が集まって来られていたため、寺の関係者の方がおられて裏山の墓処に行き木戸の鍵を持ってられて快く開けて下さった。

 しかし、本来は行く前に申し込みをしないと鍵がかかって入れないようで、ここでも不思議とすんなり入れた。

 墓前で手を合わせ、持参したロウソクと線香を灯して謝罪した。

 誰一人いないシーンとした所で目を閉じて手を合わせていた時、誰かが私の左腕を手の方に向ってスーッと撫でた。

 ゾーッとして秀次公の霊がおられると感じた。

 二度撫でられた。

 怖くて目が開けられなかったが、恐る恐る目を開くとシーンとして何事もなかったみたいな穏やかな日差しが照っていた。

 その後、秀次公のご供養を四十九日間させて頂き、その間師の個人指導へ行かせて頂くと、秀次公の霊がついて来られていたらしく、師が、


  「成仏してくれと言われて嬉しかったと言っているよ。そして、秀次公は変わった髷を結ってはるなぁ。おしゃれな人やったんやなぁ。」


と言われた。

 戦国時代の常として、相手を落とし入れる為の様々な謀略は世の常であり、取った取られたの時代背景の中で恨んでないと思っておられるようで少しホッとした。


其の二
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Date:2010/01/12
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