恵心尼の如是我聞

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□ 恵心への道~第一章 □

6月2日

 次々と、親、祖父母、主人、友人知人、自分の周りの人々、子供達についても反省をさせて頂いた。

 もう、思い付く方がいなくなった時、師に99.9%自力で反省すれば残りの0.1%は天が助けて完成させて下さると言われた。

 まだ何も起こらないということは、そこ迄到っていないということですか?と伺うと「そうだ」と言われたので、5月の連休に催された反省会に行くことにした。

 当日、連休で電車は超満員なのに窓側に1つ席が空いており、初めから座ることができた。

 進行方向とは逆に座ったため、目の前から大阪の町が次々と遠ざかっていった。

 その遠ざかる風景を見ながら、師が

 「反省会に来る時は、これから死んでこの世から去っていくと思って、この世であった全てのことを反省しなさい。」

と言われていたことを思い出した。

 その途端頭の中に、墨染の衣を着、右手に杖を、左手には数珠を持ち、笠をかぶっている一人の尼の姿が浮かんだ。

 その尼は、天へゆるく曲がっている一筋の道を歩んでいた。

 何故だか、その尼が自分だとわかった。



 そんな出来事があったことをすっかり忘れて、反省会に参加し、禅定をしていたが、ふと、その尼の姿が再び浮かびあがった。

 尼は地上界を去ろうとした時、天より深々とこの地上でご縁を頂いた肉親縁者の一人一人に感謝し、懺悔を繰り返し、涙は滂沱と流れ、その涙が心を洗い清め、より高く天へ昇っていき、最後に


      「大宇宙、大神霊、仏よ。我にこの地上界での修行をさせて頂いたことを
     心より感謝申し上げます。」



と合掌した。

 そして、どこからともなく「本願就」が聞こえてきた。その声の主は師であるとすぐにわかった。

 私は人の為に「本願就」をあげることがことあるが、自分が死んで下から師があげて下さる「本願就」を聞かせて頂く立場になった時、何と素晴らしい安らぎの旋律であろうかと、心より感動させられた。

 そのまま天から地上を見ていると、この世は闇や地獄だと聞いていたのに、地上からは多くの光が出て、輝いていた。

 
 禅定が終わり、そのことを師に申し上げると、死後の世界から反省ができたのだと喜んで下さった。

 地上から多くの光が出ていたのは、


  「この世の人々は全ての人の仏にはなれないけれど、子供にとっては親は仏になれるし、家族の為になら犠牲になれる。皆、誰かにとって仏の存在になればこそあの様に光っているのだ。」


と教えて頂いた。


0603
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Date:2009/06/03
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