恵心尼の如是我聞

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□ 恵心への道~第二章 □

Rさんのケース1

 この話は本当に感動し、良い結果が出て人生が変わってしまわれた話である。

 私の以前住んでいた近くにRさんという私より10歳位年上の独り暮らしの女性がおられた。

 正法にも来て下さっていた。

 長い間の会社勤めで体調を崩され、入院されていたが、少しずつ良くなって個室から4人部屋に移されたらしい。

 すると、又調子が悪くなり病院から師の所へ電話をしてこられた。

 師が、


    「そのベッドで亡くなった人が、まだ居て、自分のベッドだと怒って憑いたためだからもう退院させてもら
    いなさい。」


と言われ退院された。

 ある夏の日に、私の所へ電話があり、眼が見えず痛くてたまらない。

 頭も痛いと言われて家の方へ来て頂いた。

 この方は、右目が元々悪かったが、眼が見えにくくなっているのは良い方の左眼だった。

 両方とも見えにくくなり、なんとか私の家まで来られたが、癒しの光を入れさせて頂いていると、誰か左側におられるのを感じた。

 Rさんに言うと、近い内、師の個人指導にお伺いするので、その時に見て頂くと言われ帰られた。

 数日後、電話があり、憑依されていたのは40年も前に別れたご主人だったらしい。

 師が、霊に「貴方は誰か。」と聞かれると別れた主人だと言われたらしい。

 そして、40年も前に別れた主人が何故この人に憑いているのかと尋ねられたら、


    「自分の人生は、この女の為に無茶苦茶にさせられた。この女を地獄に引きずり込まないと気が済まな
    い。」


という。

 Rさんは、40年前に別れた後のことは何も知らず、ご主人が亡くなられてた事も知らなかった。

 何故別れたかというと、二人の間に男の子が一人生まれ、親子三人で仲良く暮らしていたが、ご主人の両親が同居になった。

 ご主人は、この両親の養子として育てられたため、両親の老後の面倒は当然みるつもりでの同居だったらしい。

 しかし、嫁姑の問題が起こり、又、舅も癌になり、Rさんは、満一歳の息子を置いて家を出た。

 姑さんは癌のご主人の世話で手一杯で、Rさんのご主人は会社へ行かねばならず、孫の面倒をみることができなくなり、泣く泣く人に頼んで里子に出した。

 舅にしたら、初孫は他へ渡さなければならないわ、自分は癌になるわ、息子夫婦は離婚になるわで、舅は余命幾許もないのに、首を吊り自殺した。

 そして、ご主人も仕事に身が入らず会社を首になり、酒を飲んでフラフラと道路へ出て車にはねられて即死となりこの世を去った。

 又、Rさんの方は、離婚して仕事もみつかりやっと子供を引き取れると行くと子供は既に里子に出されていた。

 やっとのことで里子に出された先を見付けてたが返してもらえず、柱の影からソッと息子の姿を見ていた。

 しかし先方に見つかり、子供か懐かないから来ないでくれと言われ、泣く泣く家に帰って、毎日涙、涙でその時一生分の涙を流した。

 それ以来、どんなに悲しい映画を見ても、悲しい物語を読んでも涙が出なくなってしまった。

 それから40年間、再婚もせずに一人で生きて来られたのだ。

 この時の左眼は、ヘルペスにかかっていて並の痛さではなく、眼球に注射されていた。

 師は、


   「ご主人の恨みがきているから二十一日間主人のご供養をして、四天王寺の方へ納め、永代供養の
   観音像を納めなさい。」


とご指導された。



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Date:2009/08/13
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