恵心尼の如是我聞

□ スポンサー広告 □

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


* 「スポンサー広告」目次へ戻る
*    *    *

Information

□ 恵心への道~第一章 □

7月5日

人が死ねば「成仏」したというが、本当は「往生」したのであり、仏に成る、「成仏」はそんな簡単なものではない。

 無限と言われる転生の中で魂の様々な試練に打ち勝ち、精進を重ねて初めて仏の境涯に辿り着くものである。

 正法に出会った頃に夢で、胡坐をかいて座っておられる男性の右膝に、女の子が座っていた。

 その男性がおかっぱ頭を優しくなでておられるのを見た。

 その女の子が自分であり、この男性こそ仏陀であられると分かる。

 インドの時代、お釈迦様のそばにいて、比丘尼として可愛がって頂き、ご指導を受けた転生があったらしい。

 勿論、女の子ではなく女性としてお釈迦様の教団に入れて頂いていたのをそんな形で夢で見せて頂いた。

 又ある日、神様の心ってどんなんだろうとふと思った途端、目の中というか頭の中に、真っ白な渦を巻いた雲が宇宙を取り巻いた。


uzu2.jpg



 まるで親鳥が卵を大切に抱きかかえているように神の意識が宇宙を護っておられる。

 あの広大無辺な宇宙が、ソフトボール位の大きさで、その中に無数の星があり、その中の銀河系の地球に我々が生まれ、育まれ、修行に出て来させて頂いているのだと分かった時、何という大きな想像もつかない愛の塊に護られ、導かれ、許され、育まれて魂の成長を見守って頂いている有難さに、感動し、感謝して生きて当然なのだと思った。

 だから、アインシュタインだったと思うが、宇宙に果てがあると言った時、私はその通りだと思った。

 その果てこそ神の心に突き当たるのであり、我々の想念やそれに伴う言動が作用して、神の心に当たり反作用して、自分に返ってくる、「原因と結果の法則」がそこに成り立つと思った。

 全ての心の因は、神の御心に当たって「善因善果」、「悪因悪果」となって、自らの運命や病いをいう結果をもたらせていると師に教わったことが、実によく分かり、本当にその通りだと思った。



hate2.jpg

スポンサーサイト


* 「恵心への道~第一章」目次へ戻る
*    *    *

Information

Date:2009/07/20
Trackback:0
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://eshin36.blog54.fc2.com/tb.php/39-d218a3e2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

+
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。